甲状腺
甲状腺は頚の前にある蝶の形をした小さな臓器です。甲状腺は、身体の代謝を活発にする甲状腺ホルモンを作っています。甲状腺の病気は、血液検査(甲状腺ホルモン、自己抗体、腫瘍マーカー)と超音波検査でほとんどが診断できます。超音波検査は、診察を行った後に適宜院長か、専門の技師が行います。甲状腺腫瘍の良性・悪性の診断には、吸引針生検が最も信頼できる検査です。必要に応じて、当甲状腺専門の外科病院(埼玉石心会病院、防医大病院、女子医大)に紹介させていただきます。
甲状腺の病気
バセドウ病
バセドウ病は、甲状腺を刺激する抗体が出現するために、甲状腺ホルモンが過剰に作られ、その結果として甲状腺機能が亢進する病気です。甲状腺ホルモンが多いと、動悸、手のふるえ、暑がり、汗をかきやすい、いらいらなどの症状が出てきて、食欲はあって食べるにもかかわらず体重は減少します。甲状腺は蝶の形がわかるほど大きくなる場合もありますが、ほとんど触れない方もいます。
細菌やウイルスが人間の体の中に侵入すると、それを排除する抗体というたんぱく質が作られます。通常では、自分の体の成分を攻撃する抗体はできないのですが、バセドウ病では、なぜかこのような抗体ができるのです。その原因はわかっていませんが、バセドウ病を発症しやすい、つまりこの抗体ができやすい体質は遺伝するといわれております。
バセドウ病では、甲状腺刺激抗体が眼の後ろにある筋肉や脂肪にも働いて、炎症やむくみを起こし、眼の飛び出すこと(眼球突出)があります。これは、バセドウ病の患者さんの約30%で認められます。ひどい場合には、眼の動きが悪くなってものが二重に見えたり、白目(結膜)が充血します。
バセドウ病の診断・検査
血液検査で、①甲状腺ホルモン(T3、T4)が上昇、②甲状腺刺激ホルモン(TSH)が低い、③甲状腺刺激抗体(抗TSH受容体抗体:TRAbまたはTSAb)が陽性、の3つがあればバセドウ病と診断できます。甲状腺が大きく腫れているかたは、念のため甲状腺エコー検査を受けたほうがいいでしょう。エコー検査では、甲状腺のび慢性の腫れ、甲状腺内の血流の増加、などが見られます。
一般検査では、肝機能異常(GOT、GPT、ALPなどの上昇)、総コレステロールの低下、白血球の減少などが見られます。このような検査結果から、肝臓の病気と間違えることが時々見受けられます。
バセドウ病の治療
バセドウ病の治療には、①薬、②手術、③放射線、の3つの方法があります。
① 薬
甲状腺ホルモンの合成を抑える薬=抗甲状腺剤、が最初に行われる治療です。MMIとPTU、の2種類の薬がありますが、作用の強さ、副作用の少なさから、MMIをまず使います。
甲状腺ホルモンがそれほど高くない患者さんでは、1日3錠(一度にのんでかまいません)より初め、甲状腺ホルモンが下がるのをみて、2錠→1錠と減らしていきます。甲状腺ホルモンがかなり高いかたでは、1日4-6錠より始めるか、3錠のMMIにヨウ化カリウムを併用することもあります。だいたい、2-3ヶ月でホルモンは正常になりますが、甲状腺刺激抗体が正常範囲に入らなければ、薬は中止できません。一般的には、2-3年は薬をのむ必要があります。
皮膚のかゆみ、蕁麻疹などの薬疹、肝臓の機能障害などがよく見られる副作用です。白血球が減ることもありますが、一番注意しなければならないのは、無顆粒球症です。これは、顆粒球という白血球の種類が500個/mm3以下に減少するこわい副作用です。1000人に1-2人起こり、ほとんどの例で薬を始めて最初の2ヶ月以内に発症します。ですから、薬を飲み始めて2ヶ月の間は、定期的に白血球の検査をする必要があります。無顆粒球症になると、突然の喉の痛みとともに39-40℃の高熱が出ます。このような症状があれば、薬を中止してすぐに受診してください。薬をやめれば顆粒球は増えてきますが、場合によっては入院が必要です。
PTUを長い間服用していると、稀に血管の炎症を起こす(MPO-ANCA関連腎炎)ことがあります。発熱、筋肉痛、関節痛、風邪症状などに血尿があれば、この副作用の可能性がありますので、この薬をのんでいる時にこのような症状があれば、尿検査を受けてください。
薬による治療では再発率が20-50%くらいですから、バセドウ病はとても再発の多い病気です。今のところ以下のような基準が、薬を中止する目安とされています。
- 抗甲状腺剤が2日か3日で1錠になって、半年以上甲状腺ホルモン、甲状腺刺激ホルモン(TSH)が正常
- 甲状腺刺激抗体が陰性
この2つを満たせば、薬を中止しても再発率は20%程度です。甲状腺が大きい、発病した時に甲状腺刺激抗体がかなりの高値であった、などの場合には治りにくいといわれてます。
② 手術
無顆粒球症など薬の副作用が重い場合には薬は使えません。また、甲状腺がかなり大きいために薬では甲状腺機能を正常に保ちにくいこともあります。このような場合には甲状腺専門病院での外科手術をお奨めします。手術では甲状腺を全部摘出します。甲状腺からの出血、反回神経まひ(声がかすれたり、出なくなる)などの合併症がありますが、熟練した外科医の場合は稀です。手術後は甲状腺ホルモンを生涯服用しなければなりません。
③ 放射線
ヨードは人間にとって欠くことのできない栄養素の一つで、甲状腺ホルモンの原料になります。放射性ヨードをのむと、食物から取るヨードと同じように甲状腺に取り込まれます。放射性ヨードは甲状腺内でベータ線と呼ばれる放射線を出して、甲状腺の細胞を減少させ、甲状腺ホルモンの量を減らします。
実際の治療は、放射性ヨードの入ったカプセルを飲むだけで、量が多くなければ入院する必要はありません。海外では60年以上バセドウ病の治療に用いられ、特に米国では80-90%の患者さんがこの治療を行っており、きわめて安全であることが証明されています。バセドウ病で用いられる量のアイソトープで甲状腺癌や白血病を起こすことはありません。
放射性ヨードの治療効果には差があり、アイソトープの量が多いと10年以内に甲状腺機能低下症になります。その場合には、甲状腺ホルモンをのみ薬として補充します。
よく聞かれる質問
① 海藻類の制限
バセドウ病では、ヨードを含む海藻類は特に制限する必要はありません。
② 妊娠・出産
バセドウ病は20-30代の妊娠・出産を経験する女性に多い病気です。甲状腺機能が正常に保たれていれば、妊娠・出産にまったく支障はありません。MMIではでMMI関連先天異常(後鼻孔閉鎖、食堂閉鎖/気管食道ろう、頭皮欠損、臍腸管異常、臍帯ヘルニア)の発症率が増加しますので、妊娠初期(特に4−9週)にはMMIをPTUに変更したほうがいいでしょう。妊娠中期以降、甲状腺刺激抗体は減少することが多いので、その場合には薬を減らせます。
妊娠後期になっても甲状腺刺激抗体(TRAb)10IU/L以上の高値を示す場合には、胎盤を通過した抗体が赤ちゃんの甲状腺を刺激して、出産後に新生児一過性甲状腺機能亢進症となります。この場合、赤ちゃんに甲状腺を抑える薬を一時的に使うこともあります。
出産後は、バセドウ病が悪化することもあるので、半年くらいは頻繁に甲状腺ホルモンを測定する必要があります。PTUのほうが母乳にでてくる量がMMIよりも少ないことがわかっていますが、MMIでも薬を服用後数時間経過すれば、母乳にはごくわずかになるので、授乳は可能です。
橋本病(慢性甲状腺炎)
慢性甲状腺炎とも呼ばれる病気で、橋本策博士が1912年に世界で始めて医学雑誌に報告したことから、世界的にHashimoto diseaseと呼ばれています。日本人の女性に多く、40歳代以降の女性では13人に1人がこの病気であるとの調査結果があります。
橋本病は甲状腺に対する自己免疫現象で、甲状腺が破壊される病気です。橋本病の1割程度の方が、甲状腺が破壊されて貯蔵されている甲状腺ホルモンが少なくなるために、甲状腺機能低下症となります。ですから、残り9割の方では甲状腺機能は正常に保たれます。
バセドウ病と同様に甲状腺全体が腫れますが、バセドウ病に比べて甲状腺は硬いのが特徴です。甲状腺ホルモンが低下すると、疲れやすい、寒がり、脱毛、肌がかさかさ、顔・手や足のむくみ、便秘、声がかすれる、などの症状がでてきます。
検査と診断
甲状腺に対する抗体(抗サイログロブリン抗体、抗TPO抗体)が陽性だと、橋本病と診断されます。甲状腺ホルモン(T3、T4)の低下、甲状腺刺激ホルモン(TSH)の高値が認められれば、甲状腺機能低下症と診断します。
一般検査では、総コレステロールの高値、肝臓・筋肉の酵素(GOT、LDH、CKなど)の上昇がみられます。高脂血症の患者さんで甲状腺機能低下が隠れていることがあるので、一度は甲状腺ホルモンを測ったほうがいいでしょう。
橋本病の経過中に急激に甲状腺の細胞が破壊されると、蓄えられていたホルモンが一度に血中に出てくるため、甲状腺ホルモンが過剰(中毒症)になることがあります。微熱、動悸、手のふるえ、体重減少などバセドウ病に似た症状が認められます。甲状腺に痛みがないので無痛性甲状腺炎と呼ばれます。特別な治療をしなくても甲状腺ホルモンは2-3ヶ月で正常に戻ります。動悸、手の振るえなどの症状が強い場合には、ベータ遮断剤という薬をのむと楽になります。
治療
甲状腺機能低下症になっていれば、甲状腺ホルモンを補います。甲状腺ホルモンは少量から始めて、血中甲状腺ホルモンの値が正常になるまで、少しずつ増やします。足らないホルモンを補充しているだけなので、副作用はまず見られません。甲状腺ホルモンをのむと、大きくなった甲状腺は縮小します。甲状腺機能低下症になった場合には、一部の方を除いては甲状腺ホルモンを一生のみ続ける必要があります。
ヨードを摂り過ぎると甲状腺ホルモンが低下しますので、コンブには注意してください。毎日コンブでだしをとることは避けたほうがいいでしょう。根コンブなどの健康食品やこぶ茶もやめてください。ただし、のり、わかめなどの海藻類はヨードの量も少なく、たくさんの量を食べるわけではないので、それほど神経質になる必要はありません。
ごく稀に、橋本病から悪性リンパ腫になることがあるので、甲状腺が急に大きくなってきたときはエコー検査を受けたほうがいいでしょう。
亜急性甲状腺炎
名前のとおり、甲状腺が亜急性(数週間~数ヶ月)に腫れて炎症を起こす病気です。原因はわかっていませんが、何らかのウイルス感染だといわれております。甲状腺の「風邪」と考えればいいでしょう。
喉の痛み、微熱、動悸、手の振るえがあり、咽頭炎や風邪と誤診されることが多いのですが、甲状腺を触れると強い痛みがあるのが特徴です。炎症は甲状腺の片側から始まり、反対側に移動します。
索状に硬い甲状腺を触れて、そこに強い圧痛があって、
- CRP、血沈といった炎症反応が高値
- 甲状腺ホルモンは高くなりますが、橋本病やバセドウ病で認められる抗体は陰性
- 甲状腺のエコーで、痛みの部分は黒く映り、そこには血流がない
などから、診断されます。
治療は、炎症を抑えて痛みをとる消炎鎮痛剤の内服が有効ですが、炎症が強い場合には副腎皮質ホルモンを飲みます。炎症反応(CRP)が下がるのを見ながら少しずつ減らしていきます。動悸や手の震えなどの症状が強いときには、ベータ遮断剤を飲むと楽になります。
この病気はだいたい3ヶ月前後で治りますが、時に甲状腺機能低下症になることがあるので、治った後も時々甲状腺ホルモン検査を受けてください。
甲状腺腫瘍
甲状腺の腫瘍には、良性の腫瘍、悪性の腫瘍(癌、リンパ腫)があります。しこりが触れて見つかることがほとんどです。最近は、甲状腺の超音波検査で偶然発見される機会も増えています。
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1腺腫様甲状腺腫
甲状腺がごつごつ腫れてくる病気です。数cmの大きさのしこり(結節)が甲状腺の中にたくさんできます。エコー検査では、充実性(細胞がつまった)の結節、液がたまったのう胞などがいくつか認められます。癌との区別ができない場合には、注射針で結節から細胞をとってくる検査(吸引針細胞診)が必要です。癌の疑いが低い場合には、6ヶ月~1年に1回の血液検査、エコー検査で経過を観察します。
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2ろ胞(濾胞)腺腫
甲状腺の中に、こりっとしたしこりができます。大きさは2-3cmのものが多いですが、濾胞癌との区別が大事です。
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3濾胞癌
濾胞腺腫との区別は難しいのですが、エコー検査で腫瘍の大きさが3cm以上、血管が腫瘍の中に進入している、皮膜を超えて正常の甲状腺組織に浸潤しているなどの所見があれば癌が疑われます。甲状腺の腫瘍マーカーであるサイログロブリンが1000ng/mlを超える場合にも癌の疑いがあります。吸引針細胞診でも診断のつかない場合があるので、癌の疑いのある方は、甲状腺専門の外科に紹介いたします。
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4乳頭癌
甲状腺の中に、1-2cmの硬い腫瘍ができ、その中に砂粒のような小さな石(砂粒小体)がたくさん見られます。吸引針細胞診で診断できます。甲状腺周囲のリンパ節に転移することが多いので、リンパ節の腫れから診断されることもあります。癌とはいえ、乳頭癌の進行は比較的ゆっくりです。
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5髄様癌
甲状腺のC細胞という細胞から発生する稀な癌です。血液検査ではカルシトニンやCEAといった腫瘍マーカーが上昇します。
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6未分化癌
甲状腺が急速に大きくなる、とても悪性度の強い癌です。濾胞癌や乳頭癌から、このタイプの癌に移行することが稀にあります。
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7悪性リンパ腫
橋本病の1000人に1-3人くらいの方で、悪性リンパ腫になることがあります。橋本病と診断のついている方で、急に甲状腺が大きくなったときには、エコー検査をうけたほうがいいでしょう。